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ムーミン・シリーズが日本で有名になったのは、テレビ・アニメがきっかけでした。私も、アニメが先で、原作はそれから読んだのです。今まで知らなかった北欧の不思議な世界。やさしさ、あたたかさ、漠然とした不安感、コンプレックスを抱えたり、孤独を愛したりする変人ぞろいの登場人物たち・・・。
あっという間に全シリーズを読み終えました。今となっては、幼いころから読み返してきたかのように、私の心臓の奥底まで、このお話はしみこんでいます。なつかしいのです。
子ども以上に、大人のファンの多いのが、この童話の特色なのです。なつかしい記憶を思い起こさせる。フィンランド人の女性が作り上げた妖精とも動物ともつかないものたちのファンタジーが、なぜなつかしさを感じさせるのでしょうか。私は、その理由のひとつに、このシリーズのあちこちに散らばる「偏愛」の気配を上げたいと思うのです。 |
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偏愛――ある対象に向かい、静かに、深く、少しだけ常軌を逸した愛情を向けること。その心境は快い。子どものころ、通学の途中に出会う子犬に夢中になった、耳のとれたぬいぐるみの羊を愛していた、夏休みに拾った貝殻を、庭の隅に宝物として隠しておいた、あるいは春先に転校していった同級生を冬休みになっても忘れられない。そんな思いを体験した記憶はないでしょうか。
ムーミン童話には、そんな純粋な、やさしく、激しい愛の破片がちりばめられているのです。たとえば、友人スナフキンにあこがれるムーミン、自由に激しく身をゆだねるスナフキン、夢中になって珍しい蝶を追いかけるヘムレンさん、わがままな子猫に振り回されるスニフ、息子を思うムーミンママ・・どの想いも、静かだけど、深く、狂おしく、ストレートです。
偏愛の記憶は、私たちを夢見ごこちにしてくれるのです。 |
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シリーズ第三作『楽しいムーミン一家」には、宝石を偏愛した人物が登場します。世界の果ての、目が回るくらい高い、恐ろしく切り立った山の上に住む魔物、飛行鬼がそれなのです。黒いシルクハットに黒いマント、黒豹の背にまたがり、自在に空を飛び回る飛行鬼。彼はルビーがどうしようもなく、好きなのです。夜ごと世界中からルビーを集め、帽子に入れて戻ってくる。家の中はルビーずくめで、そこにもここにも山と積んであり、壁にもぴかぴかはめこんである。その家には屋根がないので、家の上を飛ぶ雲は、ルビーの反射で血みたいに赤く染まるのだとか。
そんなにルビーを集めているのに、彼はとても不幸でした。なぜなら、いちばんほしいルビー、その名も「ルビーの王様」が手に入らないから・・・。それは、豹の頭ほどもある至上のルビーなのです。その「ルビーの王様」を、飛行鬼はなんと数百年もの間、探し求めました。けれど、手がかりさえもつかむことができません。海底にもぐり、地の底を掘り返し、ロケットがわりの黒豹にまたがって、月までも探しに行ったというのに。王様、王様、どこに消えたの・・・? |
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飛行鬼は恐ろしい魔物なのに、ルビーを愛するという一点で、切なくも魅力的な存在になっています。なにかをほしくてほしくて、でも手に入らない状態の人間ほど、か弱くて、優しいものはないからです。
ところで、飛行鬼のこれほどほしがっている「ルビーの王様」がどんなにすばらしい宝石か、作者トーベ・ヤンソンはこのように書いているのです。 |
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| 「このルビーの色は、しょっちゅう変わりました。はじめはとても青白い色でしたが、それから急にピンク色のかがやきが、まるで雪をいただいた山の上にさした朝日のように、さっとその上に流れました。ついでまた、まっかなほのおが、その中心からほとばしったかと思うと、ルビーはまるで、火のしべをもった大きな黒いチューリップみたいになりました」(講談社「たのしいムーミン一家」より 山村静訳)
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この文章を読んで、思いました。作者のトーベ・ヤンソンこそ、大の宝石狂にちがいないと。生半可な宝石好きでは、ルビーを黒いチューリップにたとえるなんて、そんな飛躍はできないものです。対象を深く深く、その本質にまでのめりこんだとき、誰にもできない表現が生まれる。私はそう感じるのです。
自分自身の少女時代を描いた小説「彫刻の娘」の中で、トーベ・ヤンソンは自分が石を好きで、コレクションしていたこともあると告白しています。また彼女は、鉱石学者の大人の男性にあこがれ、彼が石の採取をするのに、何度も同行したりしていました。
彼女の石好きを示すエピソードのなかでもいちばん印象に残るのは、ヒロインが駅の近くで、純銀の大きな石を見つけた話です(純銀の石とは、黄鉄鉱だろうか)。少女は、その石がどうしてもほしくて、街中を、電車通りを、人々のあきれたような視線にさらされながら、コロコロと転がして家まで運んだのです。こんなふうに胸のなかでつぶやきながら。 |
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| 「ほんとうに大切なものがあれば、ほかのものはすべて無視していい。そうすればうまくいく」(「彫刻家の娘」より)
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飛行鬼の思いそのままではないでしょうか。
彼は、そのほしくてしょうがない「ルビーの王様」をムーミン谷でみつけることができました。ムーミンの友達である小さな生き物、トフスランとビフスランが、それを隠していたのです。飛行鬼は石をゆずってもらうため、その魔力を最大限に駆使し、ムーミンの仲間たち、みんなの願いを聞き届けたのでした。 |
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「たのしいムーミン一家」山村 静訳
「ムーミン谷の彗星」下村隆一訳
「彫刻家の娘」富原眞弓訳
いずれもトーベ・ヤンソン作 すべて講談社 |
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